エキップ英語教室 エキップ英語教室

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塾長 ブログ

教師はAIに勝るか

2026/4/26

    AIが普及していく時代に、外国語を学ぶ必要はどこにあるのか。私が英語科の教員であることを知っている人から、そんな問いを受けることが多い。あなたとAIはどちらが優秀ですか(もちろんAIですよね)というのが、問の裏にあるもう一つの問というか受け入れを迫られる認識であることは容易に想像がつく。
    外国語を道具として日常の用を足す際に、それを支援する能力ではAIが英語科教員を圧倒する。ChatGPTより強力な支援者になれる英語科教員はまずいないだろう。私も同様。
    だがこの場面で求められているのは「日本語→AI→外国語/外国語→AI→日本語」の翻訳機能の優劣であろう。自分の頭の中で言語変換出来て、それが相手に伝われば最良だろうが、AIが変換を代替してくれて、自分の用が足せればそれでも十分事足りる。求められていることは用を足すことであって、自分の知的ジャンプなどではない。
    英語科教員が果たすべき役割とは、生徒の現下の用を足すことではなくて、生徒の知的ジャンプを可能にするための計画的な仕事だ。必要な知識を与え、刷り込みを行って、生徒の頭の中に定着させ、それらが複層的に重なり合うと同時に思考も充実して、以前は考えもしなかった生徒の知的ジャンプを可能にする取り組みだ。
    その取り組みは、生徒の気づかないところで、保護者の眼にも止まらず進行し、気づいた時には以前とは全く違った自分に生徒がなっていたという形で表出する。3年でその成果が出ればよいが、10年以上の時を経てようやく日の目を見るということも珍しくない。が、それは自動発火装置のように来たるべき時が来れば自然発火するように予め計画されているのだ。ほんと。ほとんどの人がその仕掛けに気づくことはないのだけれど。

    had betterに否定語notを追加する

    2026/4/22

      notは否定語。これは英語学習者が知っている基本事項。notの'n'はその「否定」の信号をまとって、neverとかneitherとかいった語に影響を与えている。
      notのポジション理解は大切で、be動詞と組み合わせる時には〈be+not〉と位置するし、一般動詞との組み合わせでは、〈do/does/did+not+(V)〉と表現される。neverはnotと同じ「否定の副詞」なので、置かれる位置もnotと同じ。これが分かっていると「頻度を表す副詞」であるalways/usually/often/sometimes/rarely/neverもnotと同じ位置に置かれることが納得できる。
      助動詞will/can/may/should/mustなどとnotの組み合わせはbe動詞の場合と同じく「助動詞+not」のポジション取りとなる。中3で完了形を習うが〈have+(V)p.p.〉のhaveは実は助動詞なので、notはhaveの後ろに組み込まれ、have+not+(V)p.p.となる。
      こういった学習過程を経て、had better (V)「~したほうがよい」を習うと、notの位置が完了形の知識に引っ張られ、×had not better (V)としてしまうのも無理はない。正しくはhad betterの2語で一つの助動詞の働きをすると解釈し、〈had better not (V)〉と表現することを身につけるには、「事前の刷り込み」の客観理解→「そこに間違いが発生するスキがある」との思慮深い見識→「間違わないようにするには」→「意識的な操作」が必要だとの知的理解が必用になってくる。ご用心。

      AIを利用する

      2026/4/19

        私はとある私立高校の非常勤講師も務めており、現在高校3年の演習科目を担当している。学校設定科目だから検定教科書を使う必要はなく、これはと見込んだ教材を基に、自作のプリント教材を作成して授業している。元教材は市販の問題集だが、さくっと下調べ程度に読んだ時には気づかなくても、それを基に教材化する際に詳細に点検すると問題集の記載に間違いがあることを発見するのが常だ。まあ、人間にも間違いはつきものなので、書籍だけを責める訳にはいかないが、問題集はもとより、赤本にも間違いはあり得るのだということは知っておいた方がよい。
        そんな時、相談相手になってくれるのがChatGPTだ。元の英文を示して私の見解を添え、Chatさんの意見を伺う。ChatGPTは論拠を示し、自らの見解を返してくれるが、最初は腑に落ちない回答であることもままある。私の質問の核心とChatさんの回答が上手くかみ合うには何回かのやり取りが欠かせない。「自分の問いかけは、誰にとっても間違いなく理解される正確性を持っているか」試されることになる。
        ChatGPTは大変優秀な秘書で、隣のビルにある地下10階、地上50階建ての図書館から、必要な資料を瞬時に探し出し、要領よく報告してくれる。使用者の問を基に、予想されるニーズを想像し、それをてきぱきと提案してくれるのは、アマゾンで商品を検索した時に、「この商品を捜している人が同時に購入した本」を列挙してくれるサービスと同形の情報処理なのだろう。
        だが、AIが参考にし、整理推測して提示してくれるのは、全てインターネット上にある既出の情報の組み合わせである。使用者の問いかけには適切に応えるが、使用者の次なる発問が完全にAIに予想できる訳ではない。その範囲で役に立つ優秀な秘書というのが現ポジションだ。
        この秘書に上手に支援してもらい、秘書が類推し得ない次なる問を立て、さらにそれに対する解を得るべく、秘書の支援を仰ぐというのがAIとの良き向き合い方であろうと思う。

        have to (V)の注意点

        2026/4/15

          助動詞mustとほぼ同意の表現として、中学でhave to (V)を習います。中学のうちは、3人称単数の主語の場合にはhas to (V)、過去時制ならhad to (V)がきちんと使えれば問題になるようなことはないのですが、高校2年生以降の時期に英語長文などを読むようになると、その最初のhave to (V)の刷り込みがゆえに、文意を正しく捉えられないようなことに出くわします。
          He needs a tool which I have to fix this machine.
          このhave to fixを、「修理しなければならない」と読んでしまうと、「彼はこの機械を修理しなければならない道具が必要だ」と考えることになるでしょうか。一見、何となく意味が通じるような気もしますが、そもそも「修理しなければならない道具」って変ですよね。修理しなければならないのはこの機械であって、道具は修理を可能にするものであるはずです。
          しかも、先行詞a toolを、関係代名詞以下のI have to fix this machine.の中に戻して考えようとしても、have to (V)と考えている限り、〈主語:I/目的語:machine〉共にあるので、適切な位置に戻すことが出来ません。
          これは、「have toの後には(V)が続いて『~する必要がある』を意味する」が強く刷り込まれ、そこから思考が離れられない例です。

          もちろん、解法はhave to (V)の解除→have+(X) / to (V)です。
          関係代名詞の後には〈主語/目的語の欠落がある〉はず。which Iまでは確定していそうだから、目的語(X)が欠落しているはずだと考えれば、
          He needs a tool.+I have it. / to fix this machine
          →He needs a tool / which I have (X) / to fix this machine.
          「彼に道具が必要だ/それを私は持っている/この機械を修理するのに」と解することができます。思い込みって意外と強力なんですよ。

          三寒四温~清明

          2026/4/12

            春の気候を表す言葉に「三寒四温」というのがある。
            2月下旬から3月。数日ごとに寒い日と暖かい日が繰り返され、やがて冬が終わり、春の到来が感じられる時期の寒暖の周期的変化を表す言葉だ。
            やがて4月に入ると、二十四節気の清明がやって来る。
            今年は5日から19日までの期間を指すという。清明はすべてのものが清らかで明るく、生き生きとしているという意味で、明るい日差しの下、花がほころび、若葉が萌え、心地よく風がそよぐ季節のこと。まさに学校年度が新しくなり、新入生を迎えて、在校生も進級するこの時期に相応しい。
            学校での教育活動は、昔から春の季節の植物やその成長の様子に例えて表現されることが多かった。学校の通信だって、初々しい「めばえ」や「若葉」とか、それを見守る「育み」とかいう名前であることも多いだろう。
            これは、長く日本人が農業を主体とする文化的背景の下に暮らしてきた素地があるからに違いない。農耕と教育というものが比較考量されて、「農業のように貴重なものとして教育を捉えたい」、「工業製品とは違って、繊細な生き物せある児童・生徒たちに丁寧に係わりたい」という思いが結実した結果なのだろう。
            学校迎える新しい季節が、誰にとっても美しく過ぎて行きますように。
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